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「裁判はしたくない」が損を招く――交渉を有利に進めるために知っておくべきこと

法律相談を受けていると、「裁判はしたくないのですが、相手にきちんと払ってもらいたいです」というご相談を受けることがあります。

もちろん、そのお気持ちはよく分かります。

裁判には時間も費用もかかりますし、精神的な負担も決して小さくありません。できることなら話し合いで解決したいと考えるのは自然なことです。

裁判を避けたいなら、裁判を恐れてはいけない

しかし、実際の交渉の現場では、「裁判はしたくない」という気持ちが強く出過ぎると、かえって交渉が難しくなってしまうことがあります。

相手方や相手方代理人は、感情ではなく損得で動きます。

こちらが裁判を起こす可能性が低いと判断すれば、「支払わなくても大丈夫だろう」「多少強く出ても問題ないだろう」と考えることがあります。

結果として、本来であれば譲歩できたはずの案件でも、相手方が態度を硬化させ、交渉が進まなくなってしまうことがあります。

交渉というものは、お互いの主張の正しさだけで決まるものではありません。

相手方が「このまま争い続けると面倒だ」「裁判になれば費用も時間もかかる」「敗訴リスクもある」と考えたときに初めて、解決に向けた現実的な判断が行われることが多いのです。

その意味で、交渉の背景には常に「裁判」という選択肢が存在しています。

実際には裁判を起こさないとしても、「必要であれば裁判も辞さない」という姿勢を持つことは非常に重要です。

交渉とは、裁判を避けるための手続ではありますが、その交渉を成立させるためには、裁判という選択肢が現実的に存在していなければならないのです。

これは交通事故でも、企業間紛争でも、医療紛争でも、労働問題でも共通しています。

私自身、依頼者に対して「裁判をした方が良い」と安易に勧めることはありません。

しかし、「裁判をしない」と最初から決めてしまうこともお勧めしていません。

重要なのは、裁判をするかしないかではなく、「必要であれば裁判も行う」という選択肢を持ちながら交渉することです。

その姿勢が結果として交渉力を高め、より良い条件での解決につながることが少なくないからです。

和解金額は「正義」だけでは決まらない

依頼者の方から、「こちらが正しいのだから満額支払われるべきではないですか」と言われることがあります。

確かに、法的にも事実関係としてもこちらに有利な事案はあります。

しかし、実際の紛争解決の場では、「どちらが正しいか」だけで金額が決まるわけではありません。

裁判になった場合、裁判所は証拠をもとに判断します。

依頼者本人が真実だと思っていることでも、証拠として十分に立証できなければ認められないことがあります。

また、損害額についても、依頼者が考えている金額と裁判所が認定する金額には大きな差が生じることがあります。

そのため、裁判で100%勝てると思っている案件であっても、実際には予想より低い認定にとどまることがあります。

逆に、相手方もそのことを理解しています。

そのため、相手方は常に「裁判になった場合の予想損害額」と「裁判対応にかかるコスト」を比較しながら判断しています。

例えば、こちらが300万円を請求している案件であっても、相手方が「裁判になれば150万円程度の認定だろう」と考えている場合、300万円を支払う理由はありません。

一方で、裁判費用や弁護士費用、担当者の労力などを考慮し、「裁判になるくらいなら200万円で解決した方が合理的だ」と判断することがあります。

このように、和解金額は法律論だけで決まるのではなく、経済合理性によって決まる部分が大きいのです。

だからこそ、相手方に「争い続けることのコスト」を認識させることが重要になります。

こちらが本気で訴訟提起(裁判所に裁判を起こすこと)を検討していること、証拠も整理されていること、長期間争う覚悟があることが伝われば、相手方も現実的な解決を検討し始めます。

反対に、「裁判はしたくない」「とにかく話し合いで解決したい」という姿勢だけが伝わると、相手方からすれば急いで譲歩する理由がなくなります。

その結果、低額な提案しか出てこないことも少なくありません。

和解とは感情論ではなく、双方がリスクとコストを比較した結果として成立するものです。

だからこそ、依頼者にとって重要なのは、「正しいことを主張すること」だけではなく、「相手方に現実的な判断をさせる環境を作ること」なのです。

交渉が上手い人は、裁判を恐れない

私は長年、医療紛争、企業法務、労働問題、交通事故、相続問題など、さまざまな紛争に関わってきました。

その中で感じるのは、交渉が上手い人ほど、実は裁判を過度に恐れていないということです。

もちろん、好き好んで裁判をしたい人はいません。

裁判には負担がありますし、勝敗の不確実性もあります。

しかし、「裁判になったら困る」という心理状態で交渉を始めると、その弱さは相手方に伝わります。

交渉は言葉だけで行われるものではありません。

文書の内容、対応の速度、証拠の整理状況、主張の一貫性など、さまざまな要素から相手方は本気度を判断しています。

そして、「この相手は本当に訴訟を起こすかもしれない」と感じたときに初めて、真剣に和解を検討することが多いのです。

実際、私が関与した案件でも、訴訟提起前には全く譲歩しなかった相手方が、訴訟提起後に大きく条件を変更してきたケースは数多くあります。

それは裁判所の判断が怖いからではありません。

裁判対応にかかる時間、費用、人的負担、企業イメージへの影響など、さまざまなコストが発生するからです。

つまり、交渉を有利に進めるためには、「裁判をしないこと」ではなく、「裁判になっても対応できる状態を作ること」が重要なのです。

  1. 証拠を集める
  2. 事実関係を整理する
  3. 請求内容を明確にする
  4. 必要であれば訴訟提起もできる準備を整える

その結果として、裁判をしなくても良い解決に至ることがあります。

皮肉なことですが、裁判を避けるためには、裁判ができる状態であることが必要なのです。

私は日頃から依頼者に対し、「交渉と裁判は別物ではない」とお話ししています。

交渉は裁判の代わりではなく、裁判という選択肢を背景に行われる紛争解決手続です。

だからこそ、安易に「裁判はしたくない」と考えるのではなく、「必要であれば裁判も辞さない」という姿勢を持ちながら交渉に臨むことが、結果として最も良い解決につながることが多いと考えています。