医療法人の内部運営をめぐっては、「社員」と「持分」の関係を誤解したまま意思決定が行われ、後に総会決議の有効性が争われる事例が少なくありません。
特に家族経営型の医療法人では、社員構成と持分の割合がそのまま経営支配に直結するため、社員の追加や持分の贈与・譲渡をめぐる判断には、慎重な法的検討が求められます。
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医療法人の内部運営をめぐっては、「社員」と「持分」の関係を誤解したまま意思決定が行われ、後に総会決議の有効性が争われる事例が少なくありません。
特に家族経営型の医療法人では、社員構成と持分の割合がそのまま経営支配に直結するため、社員の追加や持分の贈与・譲渡をめぐる判断には、慎重な法的検討が求められます。
医療法人における「社員」とは、法人の構成員であり、社員総会において議決権を持つ者を指します。
株式会社の株主と似ていますが、社員はあくまで法人の運営に関わる立場であり、その目的は利益配分ではなく法人の維持・管理にあります。
一方、「持分」は、社員が法人に対して有する財産的権利です。
いわば出資に対応する価値を示すものであり、医療法人によってはこの持分が存在し、社員の退社や相続により金銭的清算の対象となることがあります。
このように、社員と持分は重なり合う概念ではあるものの、一方が他方を当然に含むわけではありません。
社員は議決権を持ち、法人の意思決定に参加しますが、持分を有しているだけでは議決権を得ることにはなりません。
医療法人法第46条の3第6項は、一般社団法人法第70条を準用し、「社員は、自己または第三者の利益のために特別の利害関係を有する事項については議決に加わることができない」と定めています。
この規定の目的は、社員総会の公正性を確保することにあります。
つまり、自らの経済的利益や親族の利益に関わる議案については、社員は中立性を失うおそれがあるため、議決権を行使できないというルールです。
社員が自らの持分を他者に譲渡または贈与する場合、医療法人法第54条第2項により、社員総会の承認が必要とされます。
このとき問題となるのは、贈与者、受贈者、そしてその配偶者がどのような立場にあるかです。
まず、贈与者本人は自らの持分を失うことになるため、明らかに利害関係を有します。
したがって、この贈与承認議案については議決に加わることができません。
次に、受贈者は現時点で社員でないことが多く、社員でなければ議決権を持ちません。
そのため、受贈者自身はそもそも議決に加わることができず、出席を認める場合も「陪席者」として扱うのが適切です。
さらに、受贈者の配偶者が既存の社員である場合には注意が必要です。
たとえ形式上は別の人格であっても、配偶者の持分取得により家庭全体として経済的利益や支配権が増すような状況であれば、実質的に利害関係を有すると判断されます。
このような場合には、配偶者も特別利害関係人として議決から除外することが妥当です。
社員総会で特別利害関係人が存在する場合、議長がその旨を明示し、議決から除外することを宣言するのが適切です。
たとえば、持分贈与承認議案であれば、議長は次のように述べることが考えられます。
「本議案に関し、贈与者およびその配偶者は特別の利害関係を有するため、医療法人法第46条の3第6項に基づき、議決権の行使を除外します。受贈予定者は社員ではないため、議決に加わりません。」
また、議事録には次のように記載しておくと安全です。
「議長は、持分贈与承認議案に関し、関係社員を特別利害関係人として議決権行使から除外した。非社員である受贈予定者は陪席のみにとどめ、議決に参加しないものとした。」
このように明確にしておくことで、後に議決無効の主張がなされた場合でも、手続上の瑕疵がなかったことを立証しやすくなります。
医療法人の社員構成は、親族や少数の医師で構成されることが多く、形式上の肩書や名義よりも、実際の経営・資金・意思決定の関係性を重視して判断する必要があります。
特別利害関係人の判断を形式的に狭く解釈するよりも、実質的に利益を受ける立場にあるかどうかという観点で広めにとらえる方が、結果として法人運営の安定性を高めることにつながります。
医療法人では、「社員」と「持分」は重なりつつも異なる法的概念です。
社員は法人の運営に関与する立場であり、持分は財産的権利を示します。
社員総会での議決にあたっては、関係者の利害関係を実質的に判断し、特別利害関係人を適切に排除することが、医療法人のガバナンスと法的安定を守る鍵となります。