一定の節税効果を見込んだ取引スキームが、税務当局により否認され、多額の追徴課税が発生した──。
こうした事例は、法人・個人を問わず、過去の税務処理に「お墨付き」があったとしても、将来の安全を保証するものではないという現実を突きつけています。
本稿では、形式的には合法に見えた節税スキームが否認されたケースをモデルに、専門家としての税理士に課される説明義務の限界と責任の所在を考察します。
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一定の節税効果を見込んだ取引スキームが、税務当局により否認され、多額の追徴課税が発生した──。
こうした事例は、法人・個人を問わず、過去の税務処理に「お墨付き」があったとしても、将来の安全を保証するものではないという現実を突きつけています。
本稿では、形式的には合法に見えた節税スキームが否認されたケースをモデルに、専門家としての税理士に課される説明義務の限界と責任の所在を考察します。
節税スキームの多くは、資産の名義変更やリース取引など、一見して合法的な構造を取っています。
導入当初は「税務署も通している」「他社でも活用している」と説明され、専門家の支援を受けながら進められることも多くあります。
しかし、税制改正・実態解明・形式要件の見直しなどがあると、同じスキームでも翌年以降に否認される可能性があります。
「前年は認められたから大丈夫」という考えが、かえって深刻なリスクを招くことになります。
後になって問題となるのは、否認されたことそのものではなく、そのリスクを事前にどこまで説明していたかです。
専門家としての立場から「可能性はあるが確実ではない」「否認された場合の負担はこの程度」といった説明をしていれば、依頼者は冷静な判断を下すことができます。
ところが現実には、
といった抽象的な説明にとどまり、否認リスクの深刻さや金額的影響が適切に伝えられていないケースが多くあります。
このような説明不足は、後の損害発生時に「依頼者はリスクを正しく理解していなかった」という主張を生み、専門家責任が問われる温床となります。
例えば、節税スキームの採用が申告期限直前に決定され、実質的なリスク検討が十分になされないまま申告が完了していたとします。
本来であれば、取引の適法性や税務処理の妥当性について弁護士等の意見を仰ぐ時間を確保すべきでしたが、時間的制約を理由にそれが省略されたということです。
このように、スピード優先の判断が長期的損害を招くという点は、節税に限らず税務・法務全般に共通する重大な教訓です。
税理士が加入する専門家賠償責任保険の活用が検討される場合もありますが、
といった要件を満たす必要があります。
特に問題となるのが、リスク説明が口頭で曖昧なままであった場合です。
文書化されていない説明は、責任の有無の立証を極めて困難にします。
節税スキームの設計・処理に関わる税理士や会計士、そして法的助言を提供する弁護士は、依頼者の側に立つ以上、
といった情報を事前に具体的に、文書で説明する責任を負います。
依頼者にとって「わかっていたはずだ」という期待は、専門家の側の認識と一致しません。
リスクは“分かってもらっているか”ではなく、“説明した事実があるか”で評価されます。
スキームの内容が適法であったかどうかよりも、その導入・申告のプロセスにおいて、専門家がどこまで説明と証拠を残していたかが後のトラブルを左右します。
税務の判断に関して「自己責任論」が通用する時代ではありません。
依頼者は、「専門家が言ったから大丈夫」ではなく、専門家が”どこまで何を説明してくれたか”を記録する姿勢が、
専門家は、「黙示の了解で進んだ」ではなく、”リスクを見える形で残す”努力が、それぞれ日常的に求められています。