Column

「辞めさせ方」の支援、その行為は誰が担うべきか
──非弁行為と専門家賠償責任保険の落とし穴

「問題社員を辞めさせるにはどうすればいいか?」

こうした相談を受けたことがある人事担当者や外部支援者は少なくないでしょう。

ネット上にも「退職に誘導する方法」「退職合意書の書き方」「本人の納得を得るための話法」といった情報があふれており、制度運用やマネジメント支援と称して、企業側にアドバイスする士業やコンサルタントもいます。

だが、ここには見落とされがちな重大な法的リスクがあります。

法的なアドバイスを行うには資格が必要

退職勧奨、懲戒解雇の可否、退職合意書の文案作成や交渉への関与などは、法的判断を含む「法律事務」であり、弁護士法72条により、弁護士でなければ有償無償問わず行ってはなりません。

弁護士でない者がこれを行えば、非弁行為として刑事罰の対象になります。

弁護士がやれば「万が一」の備えがある
──だが、弁護士でない者がやれば、すべて自己責任になる

ここで重要なのが、賠償責任が発生した場合の備えです。

弁護士が職務として法律相談や交渉にあたる場合、たとえその対応にミスがあっても、

▶ 弁護士賠償責任保険(弁護士会に加入する保険制度)によりカバーされる可能性があります。

つまり、損害賠償請求を受けても、一定範囲で保険が適用される仕組みが整っています。

一方で、弁護士でない者が法律事務に該当する行為を行った場合には、その支援は”資格外の業務”とみなされるため、どの専門職であっても保険の適用外となる可能性が極めて高くなります。

たとえば──

  • 社会保険労務士が、退職勧奨に関する法的判断を伴うアドバイスを行う
  • コンサルタントが、懲戒解雇通知書の文案を作成し、それを企業が使ってトラブルになる
  • 産業保健職や心理職が、退職合意の”同席”や”助言”を通じて事実上の交渉を行う

これらの行為により問題が拡大した場合でも、

▶ 社労士賠償責任保険や、専門家賠償責任保険の適用外となり、全額自己負担で損害を賠償しなければならない可能性があります。

"善意の支援"が、企業も自分自身も危険にさらす

現場では、「善意でアドバイスした」「頼まれて応じただけ」という言い訳を耳にすることもあります。

だが、法律は「行為の実質」で判断されます。

どんな肩書であれ、法律判断や交渉に踏み込めば、それは弁護士資格を前提とする業務と見なされます。

そしてもし問題がこじれたとき、企業から「誤った助言だった」として損害賠償を求められても、保険で守られない立場にあることを、支援者は肝に銘じるべきです。

職域ごとの適切な連携こそ、組織を守る

労務の問題は複雑であり、多職種の連携が欠かせません。

ただし、それぞれが自らの専門範囲に留まり、適切なタイミングで弁護士にバトンを渡すことが、結果的に企業と支援者の双方を守ります。

「このアドバイスは法律判断にあたらないか?」

「これは誰が担うべき領域なのか?」

そうした意識を持って支援にあたることが、今後ますます求められていくでしょう。