Column

「地位がある」と主張するなら、働くのか――労働事件における出勤命令

労働事件を扱っていると、ときどき少し不思議な状況に出会います。

有期雇用契約が期間満了を迎えた後、労働者側が、

「契約は終了していない」

「現在も労働契約上の地位がある」

「したがって、期間満了後の賃金も支払ってほしい」

と主張するケースです。

もちろん、契約が期間満了によって終了したのか、それとも更新等をめぐる法的問題があるのかは、個々の事案によって判断されます。

しかし、使用者側からすると、もう一つ重要な問題があります。

「現在も労働契約上の地位があるというのであれば、実際に働いてもらいましょう」

という問題です。

出勤命令は、主張と矛盾するのでしょうか?

使用者としては、

「契約は期間満了によって終了している」

という主張を維持しながら、

「仮にあなたの主張どおり契約が現在も続いているのであれば、出勤して働いてください」

と求めることが考えられます。

これは矛盾するものではありません。

前者が使用者の本来の主張であり、後者は労働者側の主張を仮に前提とした場合の対応だからです。

実際に出勤を命じるのであれば、

  • いつから出勤するのか
  • 何時に出勤するのか
  • どこで勤務するのか
  • どのような仕事をするのか

まで具体的にすることが重要です。

単に裁判対策として「復職してもいいですよ」と言うだけではなく、本当に出勤してきたら、実際に働いてもらえる状態を作っておく必要があります。

「職場が怖いので戻れない」と言われたら

さらに問題になるのが、

「ハラスメントがあったので戻れない」

「職場が怖いので働けない」

などと主張される場合です。

この場合、使用者側として単に、

「ハラスメントなどありません」

と言っているだけでは十分ではありません。

現在の職場がどのような状態なのかを具体的に確認する必要があります。

たとえば、現在勤務している従業員の人間関係はどうなのか、新しい従業員を受け入れているのか、復職する本人と現在の従業員との間に何らかの対立があるのか、指導や教育を受けられる体制になっているのか、といった点です。

場合によっては、現在勤務している従業員から話を聞き、陳述書を作成することもあります。

実際に働いている人から、

「現在の職場の雰囲気は良好です」

「ハラスメントと感じるような行為を見聞きしていません」

「その人が戻ってきても一緒に働くことに問題はありません」

という話が得られるのであれば、現在の職場環境を判断する重要な材料になります。

勤務場所・人間関係・指導体制、3つの準備

ここは非常に重要です。

出勤命令は、裁判のためだけに形式的に出せばよいものではありません。

「どうせ来ないだろう」と考えて出勤命令を出し、本当に本人が出勤してきたときに、

「やっぱり働かせる場所がありません」

では困ります。

使用者側も、出勤を命じる以上は、本当に出勤してきた場合に現実に就労させる意思と体制を用意しておく必要があります。

  • 勤務場所について問題があるのであれば、複数の勤務場所から選択できるようにする。
  • 人間関係について懸念があるのであれば、現在の人員配置を確認する。
  • 経験や能力について問題があるのであれば、必要な指導を受けられる体制を作る。

こうした具体的な準備までして初めて、「当社は就労を拒否していない。実際に働いてもらう用意がある」と説得的に説明できます。

「働けない」のか、「働かない」のか

労働者が労働契約上の地位を主張して賃金を請求している一方、使用者が現実の就労場所を用意して具体的に出勤を命じても出勤しない。

このような状況になれば、

本当に「働けない」のか、それとも「働かない」のか。

という問題が生じます。

もちろん、ハラスメントや健康上の問題など、出勤できない正当な事情が実際に存在するケースもあります。

したがって、一律に「出勤しないなら賃金は発生しない」と考えることはできません。

しかし、使用者が現実に就労を受け入れる意思を示し、働ける環境を用意し、具体的な日時・場所まで指定して出勤を命じているという事実は、その後の賃金請求を考える上でも重要な意味を持ちます。

労働事件は「訴訟になってから」だけを考えない

労働事件では、裁判所に提出する準備書面の内容だけを考えていても十分ではありません。

現実の会社・職場で何をするのかまで考える必要があります。

  • 出勤命令を出す。
  • 実際の受入体制を整える。
  • 現在の職場環境を確認する。
  • 必要であれば従業員から事情を聴取する。
  • そして、それらの現実の対応を証拠として裁判所に示していく。

労働事件では、こうした「訴訟外での一手」が、その後の訴訟の構図を大きく変えることがあります。

書面だけで戦うのではなく、現実を動かし、その現実を証拠にする。

使用者側の労働事件では、非常に重要な視点だと思います。