Column

前の弁護士の主張を、そのまま引き継いではいけない――引継ぎ事件で最初にすること

当事務所では、他の法律事務所や弁護士から途中で引き継ぐ事件が比較的多くあります。

医療事件、労働事件、企業間紛争など、分野はさまざまです。

既に訴訟や労働審判が始まっていて、答弁書や準備書面も提出されている。

そういう事件を引き継ぐときに、私が非常に重要だと考えていることがあります。

それは、

「前の弁護士が提出した書面を前提に事件を考えない」

ということです。

もちろん、前任の弁護士が間違っているという意味ではありません。

しかし、代理人が交代する以上、一度立ち止まって、依頼者から改めて事実関係を聞き、証拠を確認し、そもそもの事件の組み立てが正しかったのかを検証する必要があります。

「答弁書に書いてあるから事実」ではない

引継ぎ事件で怖いのは、既に提出された書面があることです。

答弁書に、

「こういう経緯でした」

と書いてある。

準備書面にも同じことが書いてある。

そうすると、いつの間にか、それが事件の「前提」になってしまいます。

しかし、依頼者に改めて、

「そもそも、本当にそうだったのですか」

と聞いてみると、話が違うことがあります。

  • 契約書を見る。
  • メールを見る。
  • 当時の担当者から話を聞く。
  • 時系列を最初から作り直す。

すると、

「そもそも事件の捉え方が違うのではないか」

ということが見えてくる場合があります。

これは労働事件に限りません。

医療事件でも同じです。

カルテを読まずに、既に作られた時系列だけを前提にすると、重要な事実を見落とします。

企業間紛争でも、既存の準備書面だけではなく、契約書や当時のメールまで戻る必要があります。

引継ぎ事件では、まず「原資料に戻る」ことが大切です。

主張が違っていたらどうするのか

では、前任の代理人が既に裁判所に提出した主張と、改めて確認した事実関係が違っていたらどうするのか。

これは悩ましい問題です。

既に提出した書面との整合性もあります。

相手方から、

「今までと言っていることが違うではないか」

と指摘されることも当然あります。

しかし、だからといって、事実と違うと分かった主張をそのまま続けるわけにはいきません。

必要であれば、

「従前の主張は事実関係の確認が十分ではなかったため訂正する」

と裁判所に説明し、主張を組み直します。

当然、その場合には、なぜ主張が変わったのかについて合理的に説明できなければなりません。

そして何より、新しい主張を裏付ける客観的な証拠が重要になります。

出勤を命じる、という現実の一手

さらに、当事務所が引継ぎ事件で重視しているのが、

「現実を動かす」

ということです。

たとえば労働事件で、労働者が、

「現在も従業員としての地位がある」

「働けないのは会社のせいだ」

「だから働いていない期間についても賃金を支払ってほしい」

と主張しているとします。

使用者側が、

「そんなことはありません」

と準備書面に何ページ書いても、それだけでは十分ではないことがあります。

それなら、

「では、出勤してください」

と現実に出勤を命じる。

しかも、単なる形式的な命令ではありません。

いつから出勤するのか。

どこで働くのか。

どのような仕事をするのか。

誰が受け入れるのか。

本当に出勤してきても働ける状態を作る。

職場環境に問題があると言われているのであれば、現在働いている従業員から実際に話を聞く。

必要であれば陳述書にする。

そうすると、

「会社は働かせてくれない」

という抽象的な主張に対して、

「会社は現実に働く場所を用意し、具体的に出勤を命じています」

という事実で反論することができます。

医療事件でも「準備書面に書くだけ」では足りない

これは、私が医師でもあるため特に感じるところですが、医療事件でも同じです。

「医療行為に問題はなかった」

と準備書面に書くだけではありません。

  • 実際のカルテを見る。
  • 画像を見る。
  • 検査値の推移を見る。
  • 当時診療した医師から直接話を聞く。
  • ガイドラインや医学文献と照らす。
  • 場合によっては、診療科の異なる医師にも意見を聞く。

そうして初めて、

「この事件で本当に争うべき医学的論点は何なのか」

が見えてくることがあります。

既に数回期日が開かれている事件でも、最初からカルテを読み直すと、それまで誰も問題にしていなかった記載が決定的に重要だった、ということもあります。

ここまで進んでいるからこそ、一度最初に戻る

弁護士を途中で交代すると、依頼者としては、

「ここまで進んでいるので、続きからお願いします」

と思われるかもしれません。

しかし、当事務所では必ずしもそう考えません。

むしろ、

「ここまで進んでいるからこそ、一度最初に戻る」

ことが重要な事件があります。

  • 前任者が作った時系列を疑う。
  • 既に提出された主張を疑う。
  • 依頼者自身の記憶も、客観的証拠と照らして確認する。
  • 契約書、メール、カルテ、録音、社内資料などの一次資料に戻る。

その上で、

「この事件を今の時点から組み立てるなら、どうするか」

を考えます。

弁護士を替えれば、事件は有利になるのか?

もちろん、代理人を交代すれば事件が有利になる、という単純な話ではありません。

既に形成された事実は変えられませんし、既に提出された書面もなかったことにはできません。

不利な証拠が消えるわけでもありません。

そして、前任の弁護士が適切に対応していた事件も当然たくさんあります。

だからこそ、引継ぎ事件で必要なのは前任者を批判することではありません。

必要なのは、

事件そのものをもう一度検証することです。

何が事実なのか。

何が証拠で証明できるのか。

法律上、本当に争うべきところはどこなのか。

そして、今からできることは何なのか。

それをゼロから考え直します。

裁判が続いている「今」に、できること

訴訟では、

「最初から相談してくれていれば、もっと違う対応ができた」

と思うことはあります。

しかし、途中から受任した以上、それを言っても事件は前に進みません。

大切なのは、

今から何ができるか。

です。

  • 証拠が足りないなら、今から確認できる証拠を探す。
  • 職場環境が争点なら、現在の職場を確認する。
  • 就労意思が問題なら、現実に出勤を求める。
  • 医学的評価が曖昧なら、カルテや画像を最初から読み直す。
  • 主張の前提が違っていたなら、必要な説明をした上で修正する。

裁判は過去の出来事について争うものですが、訴訟が続いている現在に何をするかによって、新しい事実と新しい証拠を作ることができる場合があります。

当事務所に引継ぎ事件が比較的多いこともあり、私はこの点を特に意識しています。

引継ぎ事件は、前任者の仕事の「続き」をするだけではない。

一度原点に戻り、事件を組み直し、そして今から動かせる現実を動かす。

それが、途中から事件を引き継ぐ弁護士の重要な仕事だと考えています。


執筆者:MIA法律事務所 代表弁護士 鈴木 孝昭