Column

弁論主義と「おかしな判決」

医療訴訟の判決について、医療者から、

「医学的にあり得ない」

「医療現場をまったく理解していない」

「どうしてこんな判決になるのか」

という声が上がることがあります。

もちろん、裁判官の医学的理解や事実評価に疑問があるケースもあります。しかし、実際には、担当した弁護士の主張・立証に問題があることも少なくありません。

民事裁判の大原則「弁論主義」とは

民事裁判には「弁論主義」という大原則があります。

簡単にいえば、裁判所は、当事者が適切に主張していない主要な事実を、原則として勝手に補って判決の基礎にすることができません。

医療者にとっては当然の前提であっても、それが訴訟上きちんと主張されていなければ、裁判官が当然に理解し、判決に反映してくれるとは限らないのです。

主張・立証が必要な、7つの医学的事実

例えば、

  • 患者の当時の全身状態
  • 実際の診療現場における時間的制約
  • 考えられた鑑別診断
  • 検査や治療を選択した医学的理由
  • 別の処置を選択した場合の危険性
  • 結果を回避できた可能性
  • 仮に別の対応をしても同じ結果となった可能性

こうした点は、医療者の側から見れば「カルテを読めば分かる」「医学的には当然」ということかもしれません。

しかし、裁判では、それぞれを具体的な事実として主張し、カルテ、画像、検査結果、診療ガイドライン、医学文献、医師の陳述書や意見書などと結び付けて立証する必要があります。

この作業が不十分であれば、裁判官は、提出された限られた主張と証拠の範囲内で判断することになります。

その結果、医療機関から見ると「現場の実態とかけ離れた、おかしな判決」に見えることがあります。

裁判官を批判する前に、確認したいこと

しかし、判決だけを読んで裁判官を批判する前に、

「必要な事実が漏れなく主張されていたのか」

「医学的な事情が裁判官に伝わる言葉に翻訳されていたのか」

「各主張を裏付ける証拠が提出されていたのか」

「因果関係や結果回避可能性について、具体的な反論がされていたのか」

を検証する必要があります。

医療訴訟では、医学的に正しいことと、裁判上その正しさを証明できることは別問題です。

訴訟になる前の備えが、判決を左右します

そして、もう一つ重要なのは、訴訟になる前の備えです。

診療録の記載、患者や家族への説明内容、院内での検討経過、診療方針を選択した理由などが記録されていなければ、訴訟になってから当時の医療判断を再現することは困難です。

裁判は、訴状が届いてから始まるのではありません。実質的には、日々の診療と記録の段階から始まっています。

訴訟になって初めて弁護士を探し、なかなか見つからないため、医師会や保険会社から紹介された弁護士にそのまま依頼することもあります。紹介そのものが悪いわけではありませんが、医療の専門性を理解し、医学的事実を訴訟上の主張に落とし込める弁護士かどうかは、慎重に確認すべきです。

「おかしな判決」の背景にあるもの

医療者が「おかしい」と感じる判決の背景には、裁判官の問題だけでなく、主張漏れ、立証不足、記録不足、そして訴訟になるまでの準備不足が隠れていることがあります。

判決の結論は、裁判官だけが作るものではありません。

当事者が何を主張し、どのような証拠を提出したのか。

弁論主義の下では、それが判決の内容を大きく左右するのです。