医療法人では、理事の任期満了や内部対立などにより、理事会が機能不全に陥ることがあります。
このような場合に法人の運営を維持するため、裁判所に「仮理事」の選任を申し立てる制度が用意されています。
実務上はあまり知られていない手続ですが、内部紛争下でのガバナンス確保や医療機関の事業継続を支える重要な仕組みです。
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医療法人では、理事の任期満了や内部対立などにより、理事会が機能不全に陥ることがあります。
このような場合に法人の運営を維持するため、裁判所に「仮理事」の選任を申し立てる制度が用意されています。
実務上はあまり知られていない手続ですが、内部紛争下でのガバナンス確保や医療機関の事業継続を支える重要な仕組みです。
医療法人法には仮理事に関する明文規定はありません。
しかし、医療法人法第46条の3第6項により、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(以下「一般社団法人法」)の規定が準用されます。
一般社団法人法第84条第1項は次のように定めています。
「理事が欠けた場合、または理事の員数が定款で定めた最小数を下回る場合には、利害関係人の申立てにより、裁判所は仮理事を選任することができる。」
つまり、医療法人の理事が辞任、死亡、解任などにより不足した場合、または理事会が機能しなくなった場合には、裁判所が一時的に理事の代行者(仮理事)を選任できるとされています。
仮理事の選任は、法人運営が停止または混乱しているときの「臨時措置」として利用されます。
典型的なケースとしては以下のようなものがあります。
医療法人は医療提供体制の中核であり、診療報酬請求や雇用契約などの継続性が強く求められます。
したがって、理事会が一時的に機能不全となった場合でも、法人としての意思決定機能を維持する必要があるのです。
【申立てができる人】
申立てを行うことができるのは「利害関係人」とされています。
医療法人の場合、この「利害関係人」には次のような者が含まれます。
【申立てを行う裁判所】
法人の主たる事務所所在地を管轄する地方裁判所に行います。
【申立書の記載事項】
申立書には、法人の状況や候補者の情報など、次のような事項を記載する必要があります。
【添付資料】
添付資料として、次のようなものを提出する必要があります。
裁判所は、緊急性や法人の継続必要性を考慮して審理を行い、必要が認められれば審判により仮理事を選任します。
多くの場合、選任後はすぐに登記を行い、仮理事が法人を代表して職務を遂行します。
仮理事は、あくまで「暫定的に法人の業務を執行する理事」であり、その地位は裁判所の審判によって与えられます。
仮理事の職務範囲は、通常の理事とほぼ同等です。
ただし、その権限はあくまで法人を正常な状態に戻すための限度に制約されます。
たとえば、長期的契約の締結や大規模投資など、法人の将来に重大な影響を及ぼす行為は避けるのが原則です。
仮理事が選任された後、社員総会が開催できる状態となれば、正式な理事が選任され、仮理事の職務は終了します。
裁判所が仮理事選任を認めるかどうかは、以下の3点が中心的な判断要素となります。
とくに第三の要素は重要で、申立人が一方の派閥に偏っている場合には、裁判所は中立的第三者を選任することが多い傾向にあります。
仮理事制度は、医療法人の「停止状態」を避けるための安全弁として機能します。
理事長の不在や理事間対立が長期化すると、診療報酬の請求・雇用契約・金融取引などが滞り、最終的には医療提供体制そのものが危機に陥るおそれがあります。
仮理事を選任しておくことで、少なくとも法人としての意思決定と代表行為を維持し、患者・職員・取引先に対する法的安定を確保することができます。
医療法人における「仮理事の選任申立て」は、理事会の機能が失われた際に法人の存続を守るための緊急かつ実務的な救済手段です。
理事の欠缺や総会の開催不能状態を放置すれば、行政監督上の問題だけでなく、金融・雇用・契約面で重大な支障をきたします。
一方で、仮理事制度を適切に活用すれば、中立的管理のもとで法人運営を一時的に安定させ、次の再建ステップへとつなげることが可能です。
仮理事選任は、医療法人の「法的心停止」を防ぐ蘇生措置とも言えます。
紛争が表面化した段階で早めに検討し、実務経験のある弁護士とともに申立てを行うことが望まれます。