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医療訴訟が長引く本当の理由

医療訴訟が長引く本当の理由

医療訴訟は長引くことが多い事件類型です。

一般的な民事事件と比べても、医療訴訟は解決までに時間がかかる傾向があります。

その理由は一つではありません。次のような要素が挙げられます。

  1. 医学的争点が複雑であること
  2. 診療録や検査記録など、証拠資料が膨大であること
  3. 専門的知見が必要であること
  4. 患者側の感情が強いこと
  5. 医師側も自分の診療を否定されたくないという思いがあること
  6. 病院組織としての意思決定に時間がかかること
  7. 保険会社が関与すること
  8. 弁護士の理解や能力に差があること
  9. 裁判所の医療理解にも限界があること

これらが重なり合い、医療訴訟は長期化します。

しかし、医療訴訟が長引く理由を単に「医療は難しいから」と片付けるべきではありません。

たしかに、医療は難しい分野です。

しかし、難しいから長引くのではなく、難しい分野であるにもかかわらず、適切な整理がなされないから長引くという面があります。

争点整理の遅れが、訴訟を長引かせる

医療訴訟で重要なのは、早い段階で争点を整理することです。次のような点を明確にする必要があります。

  1. 何が医学的に問題となっているのか
  2. 患者側はどの時点のどの判断を問題にしているのか
  3. 医師側はその判断をどのように説明するのか
  4. 過失が争点なのか
  5. 因果関係が争点なのか
  6. 損害が争点なのか
  7. あるいは複数の争点が絡み合っているのか

これらを明確にしなければ、訴訟は前に進みません。

ところが、実際の医療訴訟では、争点整理が不十分なまま訴訟が進むことがあります。

患者側は、医療への不信感や怒りを背景に、多くの点を問題にします。

医師側は、それに対して全面的に否認します。

双方の主張が広がりすぎ、どこが本当の争点なのかが見えにくくなります。

裁判所も、医学的内容を十分に理解できないまま、形式的に主張を整理しようとします。

その結果、期日を重ねても、議論が深まらないまま時間だけが経過することがあります。

患者・医師、双方の感情と、弁護士が果たすべき役割

医療訴訟では、患者側の感情も大きな要素です。

患者本人や遺族は、悪い結果が生じた理由を知りたいと考えています。

説明が不十分だったのではないか。

何か見落としがあったのではないか。

もっと早く対応していれば助かったのではないか。

他の治療を選択していれば違う結果になったのではないか。

このような疑問を抱えています。

医療機関側が十分な説明をしないまま、形式的な回答に終始すると、患者側の不信感は強まります。

その不信感が、調停や訴訟につながります。

そして訴訟になった後も、医師側が形式的な否認を続ければ、患者側はさらに納得できなくなります。

もちろん、患者側の疑問が医学的に正しいとは限りません。

患者側の主張が、結果から逆算したものであることもあります。

医療行為の不確実性を十分に理解していないこともあります。

しかし、患者側が何に納得していないのかを把握しないまま、単に法的責任を否定するだけでは、紛争は解決しにくくなります。

一方で、医師側にも感情があります。

医師は、自分の診療について責任を問われることに強い抵抗を感じます。

日々、患者のために診療しているにもかかわらず、結果が悪かったというだけで責められる。

医学的には不可避だったにもかかわらず、過失があるかのように主張される。

診療録の一部を切り取って批判される。

このような状況に置かれれば、医師が強い不満を持つのは当然です。

そのため、医師側も感情的に「絶対に認められない」と考えることがあります。

この感情自体は理解できます。

しかし、訴訟対応においては、感情と法的見通しを分けて考える必要があります。

医師が納得できないことと、裁判で勝てることは同じではありません。

医学的には言い分があることと、裁判所に認められることも同じではありません。

だからこそ、弁護士が冷静に整理する必要があります。次のような役割が求められます。

  • 医師側の感情を受け止めつつ、証拠に基づいて見通しを示す
  • 争うべき点と、争っても意味がない点を切り分ける
  • 責任が認められる可能性が高い場合には、早期解決を提案する
  • 責任がない場合には、医学的根拠に基づいて毅然と争う

この役割を果たせる弁護士がいなければ、医療訴訟は長引きます。

病院組織の意思決定と、保険会社という存在

病院組織の意思決定も、医療訴訟が長引く要因の一つです。

個人開業医であれば、医師本人が比較的早く方針を決められることがあります。

しかし、病院の場合、関係者が多くなります。

担当医、診療科長、医療安全管理部門、事務部門、病院長、顧問弁護士、保険会社など、複数の関係者が関与します。

誰が最終的に判断するのかが曖昧なこともあります。次のような事情が絡み合います。

  • 医療安全上は問題があると感じていても、法的責任を認めることには慎重になる
  • 医師個人の名誉を守りたいという思いもある
  • 病院の評判も気になる
  • 保険会社の承認も必要になる

その結果、方針決定に時間がかかります。

また、保険会社の存在も重要です。

医師賠償責任保険がある場合、最終的な賠償金を保険会社が負担することになります。

そのため、保険会社は当然、事件処理に関与します。

保険会社が合理的に関与すること自体は必要です。

しかし、保険会社の判断と、医師本人や病院の利益が常に一致するとは限りません。

医師本人は、早く終わらせたいと考えているかもしれません。

病院は、評判リスクを考えて柔軟な解決を望んでいるかもしれません。

一方で、保険会社は、支払額の抑制や前例への影響を重視するかもしれません。

その逆に、保険会社は早期解決を望んでいるのに、医師側が感情的に争い続けたいと考えることもあります。

このように、医療訴訟では関係者の利害が複雑に絡み合います。

弁護士に求められる、調整能力

だからこそ、弁護士には調整能力が必要です。

単に裁判所に書面を出すだけでは不十分です。次のような対応が必要になります。

  1. 医師本人と話す
  2. 病院の意向を確認する
  3. 保険会社と協議する
  4. 患者側の主張を分析する
  5. 裁判所の心証を読む
  6. 医学的証拠を整理する
  7. その上で、現実的な解決策を提案する

このような総合的な対応が必要です。

しかし、弁護士が医療を理解していなければ、この調整はできません。

医学的争点を理解できなければ、医師と話ができません。

法的見通しを示せなければ、病院や保険会社を説得できません。

患者側の主張のどこに医学的問題があるのか分からなければ、適切な反論もできません。

裁判所に伝わる主張を作れなければ、訴訟は進みません。

その結果、医療訴訟は長引きます。

裁判所側の限界と、鑑定・尋問への長期化

医療訴訟が長引くもう一つの理由は、裁判所側の問題です。

裁判官は法律の専門家ですが、医師ではありません。

医療事件を多く扱う裁判官であっても、医学的知識には限界があります。

医療訴訟では、裁判官が医学的争点を十分に理解できないまま判断しなければならない場面があります。

そのため、弁護士は、裁判官に理解できる形で医学的内容を説明しなければなりません。

ところが、弁護士自身が医学的内容を理解していなければ、裁判官に分かりやすく説明することはできません。

医師の言葉をそのまま書面にしても、裁判官には伝わらないことがあります。

医学論文やガイドラインを大量に提出しても、それだけでは不十分です。

何がこの事件にとって重要なのか。

その医学的知見が、過失や因果関係の判断にどのようにつながるのか。

裁判所がどの事実を認定すれば、どの結論になるのか。

そこまで整理して主張する必要があります。

この作業ができないと、裁判官も判断しにくくなります。

その結果、鑑定に進む。

尋問に進む。

期日が重なる。

判決まで長期化する。

このような流れになります。

医療訴訟が長引く本当の理由

もちろん、すべての医療訴訟を早期に終わらせることが正しいわけではありません。

重大な争点がある場合には、時間をかけて審理する必要があります。

医師側が不当な請求を受けている場合には、判決まで争うことも必要です。

患者側にとっても、真相解明のために訴訟が必要な場合があります。

しかし、長期化する必要のない事件まで長期化しているとすれば、それは問題です。

医療訴訟が長引く本当の理由は、医療が難しいからだけではありません。次のような要素が重なっています。

  1. 争点整理が不十分であること
  2. 関係者の利害調整ができていないこと
  3. 弁護士が医学的内容を理解できていないこと
  4. 裁判所に伝わる主張ができていないこと
  5. 早期解決の視点が欠けていること

これらが重なることで、医療訴訟は無用に長期化します。

医療訴訟に必要なのは、単に争う姿勢ではありません。次のような力が必要です。

  • 医学的に正しく、法的に意味のある争点を整理する力
  • 医師や病院の利益を実質的に考える力
  • 患者側との解決可能性を見極める力
  • 保険会社との関係を調整する力
  • 裁判所に伝わる主張を作る力
  • そして、必要な場合には早期解決を提案する勇気

医療訴訟を長引かせることは、必ずしも弁護士の努力を意味しません。

むしろ、整理できていないことの結果である場合もあります。

依頼者にとって重要なのは、長く戦うことではありません。

適切に戦い、適切に解決することです。

医療訴訟が長引く本当の理由を見極めなければ、医師や病院を本当の意味で守ることはできません。

医療紛争においては、早い段階で専門性のある弁護士が関与し、争点と見通しを整理することが極めて重要です。

それこそが、医師や病院の負担を軽減し、患者側との合理的解決にもつながると考えています。