Column

鼠蹊ヘルニアクリニックの鎮静は危険なのか ― 医療訴訟から見える「基準のすり替え」問題 ―

医療訴訟に関わっていると、ある共通した構図に繰り返し直面します。

それは、現場の医療と「理想的医療」との混同です。

今回は、鼠蹊ヘルニアなどの外科処置を行うクリニックにおける鎮静管理を題材に、この問題を考えてみます。

※本稿は特定の事案を前提としたものではなく、一般的な論点整理です。

全身麻酔と鎮静の根本的な違い

外科系クリニックで行われる処置の多くは、全身麻酔ではなく「鎮静」です。

鎮静とは、次のような医療行為です。

  • 意識をある程度保ったまま
  • 呼びかけに反応できる状態で
  • 痛みや不安を軽減する

一方、全身麻酔は以下を前提とする、まったく異なる医療です。

  • 意識消失
  • 呼吸管理(気管挿管等)
  • 麻酔専門的管理

ところが訴訟では、この二つが意図的または無意識に混同されることがあります。ここが議論の出発点として極めて重要です。

「理想的医療」と「法的義務」は同じではない

医療には段階があります。

  • 理想的な医療
  • 推奨される医療
  • 合理的な医療(法的に求められる水準)

この3つは同じではありません。

例えば、以下のような体制は確かに望ましいものです。

  • 高度なモニタリング機器
  • 専門医の常時配置
  • 完全分業体制

しかし、それがそのまま法的義務になるわけではありません。特に開業クリニックでは、以下の条件の中で、合理的な医療が構築されています。

  • 限られた人員
  • 限られた設備
  • 外来中心の運用

大学病院レベルの体制をそのまま当てはめるのは、現実と乖離しています。

また、肥満(BMI)がリスクとして指摘されることがあります。しかし実務的には、以下のような要素が大きく、単純な数値だけでリスクを断定することはできません。

  • 身長・体重の測定方法のばらつき
  • 数値の誤差
  • 個体差

また、ある数値基準が存在するとしても、それがそのまま法的義務になるわけではないという点も重要です。

結果から医療を評価してはいけない

医療訴訟で最も注意すべき点の一つが、結果論バイアスです。患者さんに重大な結果が生じた場合、「だから過程も悪かったはずだ」という評価になりがちです。

しかし医療は本質的にリスクを伴います。適切に行われていても、一定の確率で合併症や急変は起こり得ます。本来評価されるべきなのは、次のようなプロセスです。

  • 観察がなされていたか
  • 状態に応じた調整が行われていたか
  • 緊急時に対応可能な体制だったか

鼠蹊ヘルニアなどのクリニック医療は、以下を前提として設計されています。

  • 外来中心
  • 比較的短時間の処置
  • 患者負担の軽減

その中で、鎮静は次のような重要な役割を担っています。

  • 痛みの軽減
  • 不安の軽減
  • 処置の円滑化

これを過度に制限すれば、逆に患者の不利益につながります。

正しい評価軸を持つことが、医療と患者を守る

仮に、以下のような体制がすべてのクリニックに要求されるとすれば、多くの外科系クリニックは成り立たなくなります。

  • 高度医療機関レベルの設備
  • 麻酔専門医の常時関与
  • 完全分業体制

結果として、以下のような現実的な問題が生じます。

  • 患者は大病院に集中
  • 待機時間の増大
  • 地域医療の機能低下

医療訴訟では、以下の点を正確に整理することが不可欠です。

  • 医療の種類(全身麻酔か鎮静か)
  • 求められる水準(理想か義務か)
  • 評価の視点(結果かプロセスか)

医療は「完璧」であることを求められているのではなく、その時点で合理的であったかどうかで評価されるべきものです。この視点を外した議論は、現場の医療を歪める危険があります。