医療法人における社員総会の議決構造は、単なる多数決の問題にとどまらず、法人の支配権と安定性を左右する核心的なテーマです。
近時の令和5年8月9日東京高等裁判所判決は、社員総会における「特別の利害関係人」の解釈について重要な判断を示しました。
Column
医療法人における社員総会の議決構造は、単なる多数決の問題にとどまらず、法人の支配権と安定性を左右する核心的なテーマです。
近時の令和5年8月9日東京高等裁判所判決は、社員総会における「特別の利害関係人」の解釈について重要な判断を示しました。
同判決は、特別の利害関係とは「社団の構成員としての立場以外の個人的立場から有する利害関係」を指すとし、除名決議において除名対象社員が自らの除名に反対票を投じる場合、これは構成員としての立場から意見を述べる行為にすぎず、特別利害関係人には当たらないと判示しました。
すなわち、除名議案の対象社員であっても、社団の内部構成員としての立場に基づく議決権行使は認められるとした点で注目されます。
この判断は、社員資格の得喪に関する議決のうち、内部的・人格的性質を有する決議では、構成員としての立場を尊重するという社団法理に立脚しています。
一方で、これと性質を異にするのが持分譲渡承認決議です。
持分譲渡は、社員資格の移転に加えて財産的利害を伴う外部的行為であり、譲渡人・譲受人はいずれも決議の結果によって経済的利益を得失する立場にあります。この場合、利害は社団構成員としての一般的関係を超え、個人的・経済的な範囲に及ぶため、一般社団法人法第66条の趣旨に照らして特別利害関係人として議決から排除されると解されます。
したがって、社員除名と持分譲渡では、いずれも「社員資格」に関わる決議であるものの、その性質は明確に異なります。除名は内部的な資格処分であり、構成員としての意見表明を許容するのに対し、持分譲渡は外部的な財産取引に直結するため、当事者を排除して公正な意思形成を確保する必要があります。
この違いは、医療法人における支配構造にも大きな影響を与えます。
社員の増減や構成変更には、持分譲渡承認という高いハードルが設けられており、理事長側が一定数の社員を確保している場合、その同意なしに構成を動かすことは実質的に不可能です。
その結果、理事長の地位は安定しやすく、反対派が多数であっても、3分の2以上の特別決議を要する理事長解任を成立させることは困難となります。
令和5年高裁判決が示した「社員としての立場の尊重」と、医療法54条が求める「譲渡制限による安定性確保」は、一見対立するようでいて、いずれも医療法人制度の根本にある「公益性」と「継続性」を守る仕組みです。
医療法人のガバナンスを考える上では、この両者のバランスを正確に理解することが不可欠といえるでしょう。