Column

美容医療と臨床修行 ― 医師の進路選択をどう考えるか

医学部を卒業したすべての人が臨床医になる必要はありません。研究、行政、産業など、医師としてのキャリアは多様に広がっています。しかし、こと「保険診療」に関わるのであれば、やはり一定の修練と倫理観が不可欠ではないでしょうか。

例えば、十分な臨床研修を経ずに美容医療の道へ進む医師もいます。もちろん、美容領域そのものの存在意義は否定できません。ただし、臨床経験を積まずに「とりあえず美容へ」という進路を選ぶのであれば、その後に保険診療へ戻る道は容易ではありません。現場の医師たちも、それを受け入れることに慎重です。

臨床経験不足が医療現場に与える影響

患者の視点から見ればなおさらです。最低でも研修医期間を含め5〜6年程度は、命を預かる現場に専念した経験を持つことが安心につながります。もし臨床経験を欠いた医師が保険診療に携わることになれば、患者が抱く不安は決して小さくないでしょう。

社会制度として考える医療の質の担保

一方で、これは個人の問題にとどまらず、行政や制度設計の課題とも言えます。医師の数をどのように確保し、臨床経験と倫理教育をどう担保するか。その仕組みが整っていれば、一人ひとりの選択が患者や社会に与える影響は最小限に抑えられるはずです。

要するに、美容に進むか臨床に残るかという進路の選択そのものが悪いわけではありません。ただ、「保険診療に携わる以上は修行を積み、倫理観を涵養する」という前提を社会全体で共有しておく必要があるのです。こうした視点で見れば、ある医師の進路選択もまた、社会の医療制度を問い直す「踏み絵」として捉えることができるのかもしれません。