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労務対応における専門職の役割と最適な連携体制 ―産業医・社会保険労務士・弁護士、それぞれの「できること」と「限界」―

企業にとって、労務問題は最も繊細かつリスクの高い分野の一つです。従業員の健康管理、メンタルヘルス対策、労使トラブル、制度整備など、多岐にわたる課題に対し、適切な専門家に相談することが重要ですが、各職種には対応可能な範囲と法的限界があります。

本稿では、産業医、社会保険労務士(以下「社労士」)、弁護士それぞれの特性を整理したうえで、企業がとるべき連携体制のあり方を考察します。

弁護士は「紛争性」のある案件のみが守備範囲

労働問題が明確に紛争化した場合、すなわち法的責任や損害賠償が争点となったとき、対応できるのは弁護士だけです。たとえば、不当解雇、未払残業代請求、労働審判、団体交渉、ハラスメントの内部調査などは、いずれも法的リスクを伴うため、弁護士による対応が必要です。

ただし、弁護士はあくまで会社の「代理人」であり、労働者との中立的な対話や信頼関係の構築には向いていません。初期対応の場面では、登場が遅れるほど、対立が深刻化するリスクもあるため、他の職種との連携が鍵となります。

社会保険労務士は制度構築と手続きの専門家

社労士は、就業規則の作成・改定、労働時間管理、社会保険の手続き、給与計算、36協定の締結など、日常的な労務管理を担う専門職です。

ただし、法的に「紛争性」があると評価される相談は受けることができません。たとえば、従業員とのトラブルが発生し、その是非や責任をめぐって争いが予見されるような事案について社労士が対応することは、「非弁行為」として違法になります。

社労士はあくまで制度やルールづくり、手続き対応に特化した存在です。トラブル対応そのものを担う資格ではないことを、企業側が正しく理解しておく必要があります。

産業医は現場と法の狭間を埋める「調整のプロ」

産業医は医師資格に基づき、労働者の健康管理や職場環境の改善に関与する役割を担います。うつ病や過労の兆候にいち早く気づき、面談・指導・意見書の提出などを通じて、未然にトラブルを防ぐことができます。

特筆すべきは、産業医が中立的立場から会社と従業員の双方に接触できる唯一の専門職であるという点です。社労士や弁護士が労使どちらかに偏るのに対し、産業医は双方の橋渡し役として、トラブルの芽を早期に発見し、調整することができます。

さらに、産業医が「労働衛生コンサルタント」という上位資格を取得していれば、労働衛生分野における法律知識も備えており、紛争性のない範囲においては法的アドバイスも可能です。これは、社労士に比べても広範な対応が可能であり、労務リスクの予防と軽減に非常に有効です。

最適な労務体制は「産業医+社労士+弁護士」の三層構造

企業が労務体制を構築する際には、次のような役割分担を前提とした体制が望ましいといえます。

まず、日常的な制度整備や手続き業務については、社労士が担います。就業規則の改定や保険手続、働き方改革関連の助言などが主な業務です。

従業員の健康管理やメンタル面の課題については、産業医が中心となって対応します。特に、問題が深刻化する前段階の介入や、会社と従業員の中間に立っての調整は、産業医の中立性が大いに活かされる場面です。

そして、紛争に発展した段階では、弁護士が介入し、法的リスクを見据えた対応を行います。弁護士が出るタイミングを早すぎず、遅すぎず見極めることも、組織的対応には求められます。

社会保険労務士と産業医の連携が鍵を握る

特に重要なのが、社労士と産業医の密接な連携です。労務制度の設計と現場での運用は、常に連動していなければ意味を持ちません。社労士が就業規則や制度を整え、産業医がその現場適用に際して従業員の健康や実情を踏まえた調整を行うことで、企業はトラブルの芽を早期に摘むことができます。

制度設計の実効性を担保するためにも、この二者の情報共有と役割分担は欠かせません。

法律上の限界を見誤らない体制づくりを

企業経営者や人事労務担当者が認識しておくべき最も重要な点は、「誰に、どこまで相談してよいか」という専門職の限界です。社労士は紛争性のある相談に乗ってはならず、弁護士は対立構造の中でしか機能しにくいのが現実です。

その狭間を埋めるのが産業医です。特に法律知識を併せ持つ労働衛生コンサルタントは、労務分野における極めて有効な相談相手となります。

企業としては、社労士から弁護士に至るラインとは別に、産業医から弁護士に繋がるルートも並行して用意し、より柔軟かつ実効的な労務対応体制を構築すべきでしょう。