医療訴訟に関わっていると、多くの弁護士や医師が同じ感覚を共有する瞬間があります。
それは、裁判官が強く「和解」を勧めてくる場面です。
もちろん、和解は当事者双方にとって合理的な解決となることも多いものです。
しかし、医療訴訟における和解の勧奨には、単なる紛争解決以上の背景があるように思えます。
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医療訴訟に関わっていると、多くの弁護士や医師が同じ感覚を共有する瞬間があります。
それは、裁判官が強く「和解」を勧めてくる場面です。
もちろん、和解は当事者双方にとって合理的な解決となることも多いものです。
しかし、医療訴訟における和解の勧奨には、単なる紛争解決以上の背景があるように思えます。
裁判官は、公務員であり、組織の中でキャリアを積み上げていく存在です。
自らが書いた判決が高等裁判所で覆されることは、評価上好ましくありません。
和解であれば控訴(判決への不服申立て)は起こらず、事件はそこで終わります。
この構造上、「和解」は裁判官にとって最も安全で確実な終着点でもあるのです。
医療訴訟は、裁判官にとって特に難易度が高い分野です。
民法や民事訴訟法の専門家であっても、医療の専門家ではありません。
限られた期間で大量の資料を読み込み、医学的事実を理解し、それを法的評価へ落とし込む必要があります。
しかも、その判断は将来同じような事件を判断する際の基準となり、社会に影響を与える可能性もあります。
その結果、裁判官は新しいルールを示すことに極めて慎重になります。
「自分がこの判断をしてよいのか」というためらいが、和解志向をさらに強めます。
実務感覚としても、地裁で勝っていても高裁で判断が変わる可能性は否定できません。
裁判官ごとの価値観や問題意識の差は、決して小さくありません。
だからこそ、依頼者が和解を選択するのであれば、その判断を尊重するという選択も現実的です。
医療訴訟が難しいと言われる理由は、医学の専門性だけではありません。
裁判官という存在、その制度設計そのものが、難しさの一因になっています。
だからこそ、医療訴訟に関わる弁護士には、 医学への理解と同時に、裁判官がどのような立場・制約のもとで判断しているのかを見極める視点が求められます。
そして、医療事故の被害に遭われた方々のためにも、 感情論ではなく、制度の現実を踏まえたうえで、最善の解決を探り続ける姿勢が必要なのだと思います。