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不当な目的による社員増加と理事長排除 ― 医療法人乗っ取りを防ぐために ―

医療法人において、社員(=社員総会の構成員)は最終的な意思決定権を持ち、理事や理事長の選任・解任もその決議によって行われます。

この仕組みは法人運営の民主性を支える一方で、社員構成を操作して支配権を握ろうとする動きが起きた場合、法人の安定運営を根底から揺るがす危険を伴います。

特に、内部で会計上の不正や経営方針を巡る対立が生じている場面では、ある立場の者が自らの責任を免れるため、あるいは権限を確保するために社員を増やして多数派を形成し、理事長の交代を強行しようとする事例がみられます。

こうした行為は単なる内部人事の問題ではなく、医療法人の公益性と非営利性を損なう重大な法的問題です。

社員増加が法的に問題となる場合

医療法人の社員の加入や除名は、通常、法人の適正な運営や後継体制の整備のために行われるものです。

しかしその目的が、理事長や他の理事を排除したり、財産や診療報酬の管理権限を掌握したりするなど、個人的・防衛的な意図に基づくものであれば、法的には正当性を欠きます。

医療法人は営利を目的としない公益法人です。

したがって、社員の加入を通じて法人の支配権を確保しようとする行為は、「医療法が定める適正な法人運営義務」に反するおそれがあります。

また、民法上の信義誠実の原則(民法第1条第2項)や権利濫用禁止(同条第3項)にも抵触し、社会的相当性を欠く行為として公序良俗違反(民法第90条)に該当する可能性があります。

医療法第63条は、都道府県知事に医療法人の監督権限を与えています。

不当な社員構成操作が行われ、法人運営が著しく不適正となった場合には、行政庁による報告徴収や改善命令の対象となることもあります。

理事長・理事が取るべき実務対応

1. 客観的な証拠を確保する

まず重要なのは、客観的な証拠を確保することです。議事録、通帳の写し、振込記録、メールやメッセージのやり取りなど、社員構成の変更過程や目的を示す資料を保存しておくことが不可欠です。後に争いになった際、これらが最も有力な証拠になります。

 

2. 内容証明郵便で正式に異議を申し立てる

社員増加や理事改選に不当な目的が疑われる場合には、理事長名または法人名で内容証明郵便を送付し、正式に異議を申し立てることが有効です。この段階で「異議を述べた」という事実を記録しておくことで、後の訴訟や仮処分で手続の無効を主張する根拠が生まれます。

 

3. 裁判所に仮処分を申し立てる

理事長解任や理事改選の決議が予定されている場合には、裁判所に対して「理事長地位保全仮処分」や「登記手続停止仮処分」を申し立てることができます。これにより、新理事長の登記変更が一時的に止まり、混乱を防ぐことが可能です。

 

4. 監督官庁に報告・相談する

監督官庁である都道府県の医務課に対して、「不当目的による社員構成変更の疑い」を報告・相談することも重要です。行政庁は、理事長変更届や社員変更届を一時的に受理保留するなど、監督権限を行使して介入することがあります。医療法人の混乱を最小限に抑えるうえで、行政ルートの活用は実務上きわめて有効です。

 

5. 第三者委員会や監査体制を設ける

法人内部に第三者委員会や監査体制を設けることも推奨されます。弁護士や税理士を含む外部専門家による監査を行うことで、法人運営の透明性を高め、不正の抑止効果を得ることができます。

法人の公益性を守る視点を

医療法人は、医療を通じて社会に貢献するという公益的使命を担う法人です。

その運営が個人的な利害や権力闘争に左右されることは、本来の目的に反します。

社員の加入や理事長交代といった手続は、いずれも法人の将来に大きな影響を与えるものであり、その動機・手続・目的のいずれかに不当性があれば、法的に無効となる可能性があります。

もし法人内で不自然な社員増加や理事長排除の動きが見られた場合は、感情的に対立する前に、まず記録を残し、手続を止め、必要に応じて行政庁に報告すること。

それが医療法人の健全性を守るための最も実践的かつ法的に有効な第一歩です。