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離婚・相続・交通事故は「専門分野」なのか――弁護士業界の専門性表示への違和感

弁護士事務所のホームページを見ると、「離婚専門」「相続専門」「交通事故専門」といった表現を目にすることがあります。

一般の方からすれば、そのような表示があると、その分野に非常に詳しい弁護士なのだろうと感じるかもしれません。

実際、離婚、相続、交通事故は、一般の方が弁護士に相談することの多い分野です。

相談件数も多く、法律事務所の業務として重要であることは間違いありません。

しかし、医師として医療の専門性を見てきた立場からすると、弁護士業界における「専門」という言葉の使われ方には、違和感を覚えることがあります

重要で、難しい分野だからこそ考えたいこと

もちろん、離婚、相続、交通事故が簡単な事件だと言いたいわけではありません。

いずれの分野にも難しい事件はあります。

離婚であれば、親権、監護者指定、面会交流、婚姻費用、養育費、財産分与、不貞慰謝料、DV、モラルハラスメント、子の連れ去り、国際離婚など、多くの論点があります。
相続であれば、遺産分割、遺留分、寄与分、特別受益、遺言無効、使途不明金、相続財産の評価、同族会社株式、税務との関係など、複雑な問題が生じます。
交通事故であれば、過失割合、後遺障害等級、逸失利益、休業損害、慰謝料、将来介護費、素因減額、医学的因果関係など、専門的な検討が必要になることがあります。

したがって、これらの分野を軽視するつもりは全くありません。

むしろ、依頼者の人生や生活に直結する重要な事件です。

しかし、これらは多くの弁護士が日常的に扱う基本的な民事・家事事件でもあります。

医療の世界でいえば、総合診療に近い側面があります。

総合診療が重要でないという意味ではありません。

むしろ、総合診療は非常に重要です。

幅広い疾患を診て、必要に応じて専門科につなげる。

患者全体を見て、適切な判断をする。

これは高い能力を要する仕事です。

しかし、総合診療と高度専門医療は異なります。

風邪、腹痛、高血圧、糖尿病、腰痛などの一般的な診療と、心臓外科手術、脳腫瘍手術、網膜硝子体手術、希少がんの化学療法、高度生殖医療などは、求められる専門性の質が異なります。

同じように、弁護士業務にも、一般的な民事・家事事件と、特定分野の高度な専門知識を要する専門訴訟があります。

法律知識だけでは足りない分野とは

離婚、相続、交通事故は、弁護士であれば基本的に一定水準で対応できるべき分野です。

もちろん、非常に複雑な事件や特殊な争点を含む事件では、高度な経験が必要です。

しかし、一般的な離婚、相続、交通事故を「専門」と大きく掲げることには、違和感があります。

本来、弁護士が専門性を語るのであれば、その分野固有の高度な知識や経験が必要な事件を念頭に置くべきではないでしょうか。

たとえば、医療訴訟、知的財産訴訟、税務訴訟、金融商品取引をめぐる訴訟、建築訴訟、行政訴訟、大規模倒産、国際取引、企業買収、独占禁止法、薬機法、医療法、労働安全衛生法など、法律以外の専門知識や業界理解が強く求められる分野です。

これらの分野では、法律知識だけでは足りません。

  • 医療訴訟では医学を理解する必要があります。
  • 知財訴訟では技術や特許実務を理解する必要があります。
  • 税務訴訟では税法だけでなく会計処理や税務実務を理解する必要があります。
  • 建築訴訟では建築構造や施工実務を理解する必要があります。
  • 金融事件では金融商品、リスク説明、適合性原則、市場実務などを理解する必要があります。

このような分野こそ、本来の意味で専門訴訟といえるのではないかと思います。

「専門」と書いてあれば安心、とは限らない

弁護士業界で「専門」という言葉が安易に使われる背景には、集客上の理由もあると思います。

一般の方は、弁護士を選ぶときに判断材料を持っていません。

そのため、「離婚専門」「相続専門」「交通事故専門」と表示されていれば、安心して相談しやすいという面があります。

法律事務所側としても、分野を明確にした方が問い合わせにつながりやすい。

その意味で、マーケティング上は理解できます。

しかし、専門性表示は、依頼者の期待に大きく影響します。

専門と表示する以上、その分野について高い知識と経験を有していることが当然期待されます。

にもかかわらず、実際には定型的な処理しかしていない。

複雑な争点に対応できない。

医学的・税務的・企業法務的な周辺論点が出てくると対応できない。

このような状態で「専門」と掲げることには問題があります。

事件名だけで、専門性は決まらない

離婚事件でも、単純な離婚協議であれば一般的な家事事件です。

しかし、医師、経営者、資産家、同族会社、海外資産、信託、法人資産、特殊な収入構造が絡む場合には、財産分与や婚姻費用の算定は非常に難しくなります。

相続事件でも、預金と不動産だけの遺産分割であれば比較的一般的です。

しかし、医療法人、同族会社株式、事業承継、相続税、遺留分対策、信託、海外資産が絡む場合には、高度な専門性が必要になります。

交通事故でも、むち打ちや定型的な後遺障害の事案であれば、多くの弁護士が対応できます。

しかし、高次脳機能障害、脊髄損傷、重度後遺障害、医療過誤との競合、労災との関係、将来介護費、逸失利益の高度な争いがある場合には、専門的な医学的理解と損害論が必要になります。

つまり、事件名だけで専門性が決まるわけではありません。

「離婚だから専門」 「相続だから専門」 「交通事故だから専門」

という単純な話ではありません。

同じ離婚事件でも、定型的な事件と高度な事件があります。

同じ相続事件でも、一般的な事件と極めて複雑な事件があります。

同じ交通事故でも、比較的単純な事件と専門的な医学的争点を含む事件があります。

大切なのは、事件の中身です。

そして、弁護士がその事件に必要な専門性を持っているかどうかです。

他の専門家と連携できる弁護士が、依頼者にとって心強い理由

医療の世界では、自分の専門外の疾患について、必要に応じて専門医へ紹介することが当然です。

弁護士業界でも、本来は同じであるべきです。

  • 離婚事件を扱っている弁護士であっても、複雑な税務論点が絡む場合には、税理士や税務に詳しい弁護士と連携する。
  • 相続事件で医療法人や同族会社が絡む場合には、会社法、税務、医療法に詳しい専門家と連携する。
  • 交通事故で高度な医学的争点がある場合には、医師や医療訴訟に詳しい弁護士と連携する。

これが依頼者のためです。

弁護士が何でも一人で抱え込むことが、依頼者の利益になるとは限りません。

むしろ、自分の限界を認め、必要な専門家と連携できることこそ、真の専門性の一部です。

私は、弁護士業界において、専門性という言葉をもう少し慎重に使うべきだと考えています。

専門とは、単にその分野の事件を多く扱っているというだけではありません。

  • その分野の構造を理解していること。
  • 周辺領域も含めて問題点を把握できること。
  • 依頼者に見通しを示せること。
  • 必要な場合に外部専門家と連携できること。
  • そして、自分では対応できない事件については、適切な専門家につなげられること。

これらを含めて、専門性と呼ぶべきです。

医療訴訟を専門的に扱えるといえる、7つのポイント

医療訴訟についても同じです。

医療訴訟を数件扱ったことがあるというだけで、医療訴訟に精通しているとはいえません。

  1. 診療録を読めるか。
  2. 医師と医学的に議論できるか。
  3. 標準的医療水準を理解できるか。
  4. 過失と因果関係を医学的に整理できるか。
  5. 裁判所に分かる形で主張できるか。
  6. 医師側に不利な点も率直に説明できるか。
  7. 早期和解と徹底抗戦の判断ができるか。

ここまでできて初めて、医療訴訟を専門的に扱えるといえるのではないでしょうか。

専門を名乗るなら、責任を持てる弁護士であるために

弁護士業界には、まだまだ専門性の整理が不十分な面があります。

離婚、相続、交通事故といった分野を否定するつもりはありません。

これらは依頼者にとって非常に重要な事件です。

しかし、それらを「専門」と大きく掲げる一方で、医療訴訟や税務訴訟、知財訴訟のような本当に高度な専門知識を要する事件との違いが曖昧になっているとすれば、依頼者にとって分かりにくい状況です。

依頼者が弁護士を選ぶ際には、「何専門と書いてあるか」だけでなく、その弁護士が本当にその事件に必要な知識と経験を持っているのかを見る必要があります。

弁護士側も、自分の専門性を誇張するのではなく、どのような事件に強く、どのような事件では他の専門家と連携するのかを正直に示すべきです。

医師として医療界を見てきた立場からすると、専門性とは非常に重い言葉です。

専門と名乗る以上、その分野について責任を持てるだけの知識、経験、判断力が必要です。

弁護士業界でも、専門性という言葉をもっと重く受け止めるべきではないかと思います。

弁護士にとって大切なのは、何でもできるように見せることではありません。

依頼者にとって最も適切な解決を提供することです。

そのためには、自分の専門性を正しく示し、必要に応じて他の専門家と連携し、専門外の事件については無理に抱え込まない姿勢が必要です。

医療訴訟をはじめとする専門訴訟では、この姿勢が特に重要です。

専門性を軽く扱うことは、依頼者の利益を軽く扱うことにつながります。

弁護士業界における「専門」という言葉の使い方は、今一度見直されるべきだと考えています。