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「様子を見ましょう」で本当に良いのか——小児救急における”見逃される急性腹症”の怖さ

子どもが夜中に突然泣き出した。 顔色が悪い。 唇が紫っぽい。 えずいたり、お腹を痛がるような仕草をしたりする。

しかし、救急外来では、 「いったん帰宅して様子を見てください」 と言われる。

実際、小児救急ではこのような場面は少なくありません。

もちろん、本当に軽症であるケースも多数あります。 ただ一方で、極めて重篤な疾患が、初期段階では”はっきりした所見が出ない”こともあります。

その代表が、

  • 腸重積
  • 腸軸捻転
  • 絞扼性腸閉塞

などの小児急性腹症です。

言葉にできない苦しさ——小児診療の難しさ

大人であれば、 「右下腹部が痛い」 「吐き気が続く」 「痛みが移動した」 などを説明できます。

しかし1歳前後の子どもでは、それができません。 結果として、

  • 泣いている
  • 機嫌が悪い
  • 抱っこを嫌がる
  • 丸まる
  • 顔色が悪い

といった”非特異的症状”として現れます。 ここが小児診療の難しいところです。

「異常がなかった」=安全、ではない

救急外来でよくあるのが、

  • バイタルは安定していた
  • 触った感じでは問題なかった
  • 一旦帰宅

という流れです。

しかし、小児の腸閉塞系疾患は、初期には所見が乏しいことがあります。

しかも怖いのは、「一気に悪化する」という点です。

腸がねじれ、血流が止まり、腸管壊死が起き、ショックに至る——この進行が数時間単位で起こることがあります。

訴訟で問われるのは「結果」ではなく「判断の過程」

医療訴訟では、「全く想定できなかった」場合と、「可能性を考えていた」場合では意味が大きく異なります。

もし医師側が「腸重積の可能性がある」と考えていたのであれば、その時点で、

  • 画像検査
  • 経過観察
  • 高次医療機関への転送

などを検討すべきだったのではないか、という議論になります。

つまり、「疑っていたのに除外していない」という構造です。

誤解されやすいですが、「亡くなった=過失」ではありません。

逆に、「検査していれば必ず助かった」とも限りません。

医療訴訟では、以下のような点を細かく検討していきます。

  • その時点で何を疑うべきだったか
  • どの検査をすべきだったか
  • 転院は必要だったか
  • 時間的に救命可能性があったか

そして、その判断には、

  1. カルテ
  2. 看護記録
  3. 救急隊記録
  4. 画像
  5. 死亡時CT
  6. 専門医意見

などが極めて重要になります。

「今は軽く見える」からこそ、慎重な判断が必要

医療現場では、「様子を見ましょう」という言葉が日常的に使われます。

もちろん、それ自体が悪いわけではありません。

ただ、小児救急では、「今は軽く見えても、急変する疾患がある」という前提を忘れてはいけません。

特に、

  • 顔面蒼白
  • チアノーゼ
  • 腹痛様症状
  • 繰り返す嘔吐
  • 活気低下

などがある場合には、慎重な判断が必要です。

「帰してよかったのか」という視点は、結果論ではなく、医療安全そのものに直結する問題です。